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浦和地方裁判所 昭和57年(行ウ)8号 判決

原告

戸賀崎弘

右訴訟代理人弁護士

平井嘉春

清水洋二

被告

宮代町

右代表者町長

日下部義通

右訴訟代理人弁護士

鍜治勉

主文

被告は、原告に対し、金五〇万円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告

「一 被告は、原告に対し、金三〇〇万円を支払え。

二 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び第一項につき仮執行宣言

被告

「一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  当事者の主張

(原告)

一  原告の資格及び経歴は別紙のとおりである。

二  研修命令

1 宮代町教育委員会(以下「町教委」という。)教育長(当時関根良平がその地位にあつた。以下、右地位にある関根良平個人を指す場合を含めて「教育長」という。)は、原告に対し、昭和五五年一月一四日付で、同月一六日から昭和五六年三月三一日まで埼玉県立教育センター(以下「センター」という。)における長期研修教員として研修を命じ(以下「第一次研修命令」という。)、昭和五六年三月三一日付で、同年四月一日から昭和五七年三月三一日までセンターにおける研修を命じ(以下「第二次研修命令」という。)、昭和五七年三月三一日付で、同年四月一日から昭和五八年三月三一日までセンターにおける研修を命じた(以下「第三次研修命令」といい、第一次ないし第三次研修命令を併せて「本件各研修命令」という。)。なお、その間、原告は、前記須賀中学校(以下「須賀中」という)の教頭に補職されたままであつた。

2 本件各研修命令は、原告の意に反した研修命令であり、原告はいずれの研修命令についても、地方公務員法四九条一項に基づき処分事由説明書の交付請求を行うとともに、第二次、第三次各研修命令について、同法四九条の二・一項に基づき埼玉県人事委員会に審査請求をしたところ、第二次研修命令については、昭和五七年一月三〇日付裁決書をもつて不服申立期間の徒過を理由に、第三次研修命令については、同年六月二四日付裁決書をもつて任命権者の処分行為でないが故に不服申立の対象にならないことを理由に、それぞれ却下されたものである。

三  本件各研修命令の法的性格と教育長の権限

1 本件各研修命令は、法形式的には職務命令の形式をとつているが、以下(一)ないし(三)に述べるように、命令の実質的内容は、任命権者のする転任処分と同じ性格のものであり、また、公権力の行使である行政処分にあたる。

(一) 第一次研修命令の命令書には、研修内容として「教育公務員―特に教頭としての職務と責任遂行のための研究と修養」と記載されていたが、第二次及び第三次各研修命令は、具体的な研修内容の特定もない名目だけの「研修」命令であつて、それが通算二年に渡つて続けられたものである。

このように、長期に渡る研修命令は、原告の勤務の態様(教頭としての職責を定めた学校教育法四〇条、二八条四項)、勤務の場所等の変更をきたし、かつ、将来の身分関係、地位(原告の場合は校長資格の取得、管理職手当の受給など)に重大影響を存ぼすことから、一般の自主研修(研究と修養・教育公務員特例法(以下「教特法」という。)一九条、二〇条)とその性質を異にし、実質的には任命権者の転任処分と同じ性格を有するものである。

(二) 教特法一九条、二〇条の定める通常の研修命令は、期間が長期に渡らず、研修課題が具体的に特定し、その目的に合理性があり、研修目的終了と同時に教育現場に復帰することが予定されているが、原告に対する研修目的には何ら合理的根拠を見出せず、原告の現場復帰は予定されていない。原告は、教頭資格を取得した際に「教頭の職務と責任の遂行のための研究と修養」を既に取得しており、教頭在職七年の経験を有し、前記百間中学校(以下「百間中」という。)において、教頭としての職務遂行に専念し、学校運営の正常化について大きく実績を挙げ、その職責を果たし、教育成果を挙げており、第一次研修が原告にとつて特に必要とは認められず(センターにおいては研修題目を「学校内規の調査研究」としており、研修内容に齟齬があつた)、まして、第二次及び第三次研修命令については、その研修課題も存在せず、原告は定められた勤務時間にセンターに勤務しているが、現実には原告の仕事は何も存在しない。

(三) 以上のように、本件各研修命令は、本来の研修とは関係がなく、教育長の真の意図は、原告をして学校の教育現場から隔離した状態におくことにあり、原告が百間中から須賀中に転任処分を受けたことに対し、昭和五四年四月に地方公務員法四九条の二に基づく審査請求の申立を行つたところ、教育長はかかる請求を行うがごとき教員に教頭の職を遂行させることは適当でないという意図の下に、第一次研修命令を発し、研修の成果を問題とせず、それ以降毎年事務的に研修命令を更新するのみである。従つて、原告については、教頭としての本来の職務を遂行できる見込みがない。

これは、実質的には、原告から、教員としての教育する権利(教育基本法六条二項)を奪つたも同然の処分である。

2 教育長は、本件各研修を命令する権限を有しない。

(一) 本件各研修命令が、転任処分の性格と同じものであり、また、少なくとも公権力の行使である行政処分にあたると考えられる以上、命令を発する権限は、任免権を有する都道府県教育委員会にある(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三七条一項)と解するのが正当である。

同法四五条一項は、県費負担教職員の研修は、市町村教育委員会も行うことができる旨規定しているが、研修命令は本来任命権者の権限に属するものであるから、この規定は制限的に解すべきであり、同法による研修は自主希望研修あるいは研修期間が短く容易に研修成果が期待されるべき場合などの行政処分的性格が少ない職務命令かそれに準ずる場合に限られると解するべきである(地方公務員法三九条二項、教特法一九条二項、地教行法三七条二項、二六条三項の趣旨)。

(二) 一般的に、教育委員会は、その権限に属する事務の一部を教育長に委任することが出来るとされている(地教行法二六条一項)が、本件各研修命令の発令権限まで、教育長に委任しうると解することは、宮代町教育委員会規則三号一条四号ないし六号、一四号、二条の規定に照らし、許されないというべきである。教育委員会が、日常的、定型的事項以外の重要事項を教育長に専決処理させることは、民主的教育制度の実現を目的として合議制の教育委員会を設置した法の趣旨を没却することになるからである。

四  仮に、教育長が、本件各研修命令を発する権限を有するとしても、本件各研修命令は、合理的理由を有せず、人事権の裁量の範囲を超えた違法なものである。

1 教育公務員である教頭に対する研修命令は、自由裁量処分と解すべきではなく、当該公務員の資質の向上を計るための必要な期間、合理的な研修が与えられる必要があるという意味で羈束裁量処分と解すべきである。

2 仮に、自由裁量処分と解するとしても、前記三1(一)及び(二)記載のとおり、本件各研修命令は、原告が希望せず、客観的必然性もないのに、原告を教育の現場から隔離する目的でなされたものであり、研修内容について合目的性妥当性を欠き、期間についても社会的相当性を欠く、教育基本法六条二項、一〇条二項、地方公務員法一三条、学校教育法二八条四項等、教育公務員の基本的権利を定めた規定に違反する、人事行政の裁量を超えたものであり、かかる権限踰越もしくは濫用は許されない。

3 本件各研修命令の発令理由等

原告は、教頭の職務を放棄していたものではなく、教育長もしくは各学校の校長が原告の正当な申出を全く無視し、また、原告に対し、教頭としての職務を与えなかつたものである。

すなわち、原告は、学校が出入りの業者からリベートを、教員が父兄から補習費や合格謝礼金、謝恩会費などの金員を貰うことを好ましくないと考え、これを是正してきたため、原告のこのような措置に反対する考えをもつていた百間中の校長らと意見が対立することとなつた。従つて、教育長らは、原告と校長との右のような対立及びこれに起因する保護者らとの間の問題等の生じた真の原因を究明し、教育本来の趣旨に則してこれを建設的に解決すべきであつたにもかかわらず、原告が学校運営の改善を求めて教育長に上申書を提出したのに対し、一方的に須賀中へ転補させるとともに、転補当初から教頭としての職務を剥奪されていた(原告が教頭として同校に就任することが事実上拒否され、教頭の職務を遂行したくても、不可能な状態であつた)原告を放置し、かえつて原告が校長に全く協力しない(原告は、教頭の出席すべき会議に数回出席しなかつたことがあるが、それは、会議に出席すること以上に教頭として行うべき重要な職務があつたからであり、すべて欠席していた訳ではない。)とか保護者が原告排斥の運動をしている等の理由をもつて本件各研修命令を発したのである。

五  損 害

原告は、教員として生徒に対する授業及び生徒指導に最大の生き甲斐と喜びを抱いてきたにもかかわらず、第二次及び第三次研修命令により、センターに隔離され、教員として学校に復帰する機会及び教頭としての職務の遂行の機会を奪われ、教育者として不適格であるとの烙印を押され、大きな精神的損害を受け、また、具体的には校長への資格取得の機会を得られず(昭和四九年度の後は推薦されていない。)、経済的には管理職手当などの支給がない。原告にとつて、センターの勤務場所に毎日勤務するも具体的研修課題もその他仕事らしきものも与えられずに午前八時三〇分から午後五時一五分まで過ごすことは、一種の軟禁状態であり、その苦痛は体験者でなければ知り得ないものである。

原告が被つた教員としての人格・信用・名誉の失墜は、原告の年齢に照らしても、もはや回復し難いものであるとさえ言い得るから、これらの諸般の事情を考えると、原告の損害は三〇〇万円をもつて慰謝されるのを相当とする。

六  そして、被告は、被告の教育委員会が地教行法一六条、二二条により、公務員である教育長の任命権者であるから、教育長が、故意または重大な過失によつて、違法に原告に対し、第二次及び第三次研修命令を発し、原告に与えた右損害を国家賠償法一条一項により賠償する責任を有する。

よつて、原告は、被告に対し、金三〇〇万円の支払を求める。

(被告)

認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二1の事実は認め、同2の事実のうち、本件各研修命令が、原告の意に反した研修命令だつたことは否認し、その余の事実は認める。

三  同三1頭書の主張は争う(被告の主張は、後述する。)。

同三1(一)の事実のうち、第一次研修命令の命令書記載の研修内容、第二次及び第三次研修命令が通算二年に渡つて続けられていたものであることは認め、第二次及び第三次各研修命令に研修内容の特定がなかつたことは否認し、その主張は争う。

同三1(二)の事実は否認し、同(三)の事実は否認し、その主張は争う。

同三2の主張は争う(被告の主張は、後述する。)。

四  同四頭書及び同四1の各主張は争い、同2の事実は否認し、その主張は争い、同3の事実は否認する(被告の主張は、後述する。)

五  同五の事実は否認する(被告の主張は、後述する。)。

主張

一  本件各研修命令の法的性格及び教育長の権限

1 本件各研修命令は、地教行法四三条一項、二項及び四五条一項の規定に基づくものである。同規定は、その内容について何等の制限も加えておらず、本件のような長期研修命令の根拠となり得る。

原告の服務監督権者たる町教委は、原告に対し、本件各研修命令を発し得るものであり、原告に対し、教頭の職務等に関し、どのような内容の研修を、どの程度の期間命ずるかは、町教委の自由裁量であつて、教育長は、町教委から、宮代町の教員等に対する研修命令を発する権限を事務委託されている。

2 研修が長期に渡る場合には、その職を補充するため、他の教職員を任命することになるので、市町村教育委員会は、教職員の任命権者である埼玉県教育委員会(以下「県教委」という。)と研修命令を出すことについて、協議することになつており、本件各研修命令についても、町教委から県教委に対し協議を申請し、県教委はこれに対し同意している。

二  本件各研修命令の発令理由等

1 学校の管理と校長及び教頭の職務など

公立の中学校は、一つの自律的な組織として、現場の最高責任者として校長が置かれ、校長は、教育委員会の指導助言を受けながら、当該学校のすべての教育課程の編纂と実施、人的、物的施設を具体的に管理運営していくものであり、それは複雑多岐に渡る。現場における管理職は、校長のほかは教頭のみであり、校長と教頭は、常に一体となつて学校の管理運営を効率的に行わなくてはならず、教頭は、自分に与えられた校務分掌のみを履行するだけでなく、校長の依頼もしくは指示命令を受けて、校長の職務を補助していくものであり、校長を助け、校務を整理する教頭の管理職としての職務は、極めて重要なものである。

2 原告の管理職としての不適格性等

(一) 原告は、百間中の校長の指示命令があつたにもかかわらず、教頭の出席すべき会議(学校運営協議会、県保管分履歴書交換整理についての会議、小中学校教育課程埼葛地区校長教頭研究協議会、宮代町小中学校研究協議会等)に出席しない、教頭として行うべき公文書・学校日誌等の文書を整理せず、修学旅行・林間学校及び遠足などの引率をしないなど同校の学校行事に協力しない、県教委・町教委に提出する調査報告の文書を作成しない等同校の管理運営について教頭としての職務を果たさず、校長、町教委等を自らの敵と見なして行動し、このままでは同校の管理運営ができなくなる恐れが生じてきた。

教育長は、昭和五四年一月四日原告と同校校長石島周助(以下「石島」という。)を出頭させ、指導したが、原告は教育長の指導に従う考えをもつておらず、校長の校務に協力しなかつた。教育長は、原告に対し、同年二月二二日文書によつて注意を与えたが、原告は、これについても無視するだけであり、同年三月二七日教育長及び石島を支離滅裂な事実と理由で告訴した。

(二) 町教委は、原告が他の学校に転任すれば、その学校の校長に協力し、教頭としての職務を遂行するものと考え、県教委に内申し、県教委は、原告を昭和五四年四月一日付で前記須賀中の教頭に転補したものであるが、原告は、同校に転補されてからも、教頭として出席すべき会議には一切出席せず、重要な審議事項がある職員会議にも欠席が多く、出席しても発言せず、学校行事には協力せず、PTAの会議にも出席を拒否するなど同校の管理運営について同校校長大島誉(以下「大島」という。)を全く補佐協力せず、教頭としての職務を全く行わず、大島の指示、命令に服する意思もなく、同校長の学校運営に協力しなかつた。大島は、原告に対し、学校の管理運営について、何度か話合いの機会を持とうとし、あるいは話合いの機会を持ち、教頭の職務を行うことなどについて説得したが、原告はこれに応ぜず、同年九月一三日県教委に対して、大島を転任させるよう措置要求した。なおも教育長は、原告を説得指導したが、不成功に終わつた。

なお、原告の上司に対する反抗的態度、教頭としての職務放棄、非協力的行動は、原告が校長採用選考試験に落ちた昭和四九年から特にひどくなつたものである。

(三) そこで、教育長は、県教委事務局義務教育課長の指導助言を受け、町教委に諮り、その承諾を得たうえ、原告に対し、教頭としての地位、職務の内容、学校運営における教頭の責任などについて研修する機会を与えるため、第一次研修命令を発したのである。

原告は、町教委の研修命令は違法であるとして研修を怠り、また、第一次研修命令の期間が終了しても原告の考え方は従前とかわらず、研修の成果が上がつていないものと思われたので、教育長は第二次研修命令を発した。第二次研修命令の期間中、原告の転任先を検討したが、原告の教頭としての管理職不適格性は、県教委の埼葛教育事務所管内の教育界及び地域住民に知れわたつており、唯一、草加市教育委員会が受け入れようとしたので、県教委は同管内の中学校の教頭に転任させるべく、原告と同市教育委員会教育長との面接を計画したが、原告が右教育長と真面目に応対しなかつたため、教頭として転任できなくなつたものである。

そして、第二次研修命令の期間が終了しても原告の考え方は従前とかわらず、研修の成果が上がつていないものと思われたので、第三次研修命令を発したものである。

三  損害について

1 原告が、百間中及び須賀中において、教頭としての職務を行わず、また自ら放棄していたことは、右両校の教職員、PTA、さらに宮代町など埼玉県教育委員会埼葛教育事務所管内の小中学校教職員間にも広く知れわたつており、本件各研修命令により、原告に烙印が押され、かつ名誉が失墜したということはない。

2 県教委において原告に対し、降格あるいは相当重い懲戒処分を行うことも可能と考えられるが、このことと対比すれば、教頭の地位のまま教頭の服務に関する研修をさせ、機会があれば、他の市町村の中学校に転任しうる研修命令は、原告の名誉を失墜させていない。

3 草加市教育委員会管内の中学校に転任できる機会を拒否したのは、原告自身であり、原告が宮代町の教員にこだわる必要はない。

4 本件各研修命令は、原告から校長選考資格を失なわせしめるものではない。

5 原告には、本件各研修命令における研究課題がなかつたものではない。センターにおける勤務は原告の心構え次第であり、本件各研修命令とは関係がない。研修命令が発せられた理由からすれば、研修命令の結果生ずるある程度の苦痛、不利益などは受忍すべきである。

四  国家賠償法一条の違法があるというためには、当該公務員の行為により地方公共団体などに損害賠償義務を負わせるだけの実質的相当な理由がなければならないものであるところ、前記のとおり教育長が研修命令を発した理由の大部分は原告側にあり、町教委は、県教委の助言と指導を受け、命令を発したものである。

第三  証 拠〈省略〉

理由

一原告の資格及び経歴が別紙のとおりであること、教育長が原告に対し、本件各研修命令を発したこと(第一次研修命令は、昭和五五年一月一六日から昭和五六年三月三一日まで、第二次研修命令は、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日まで、第三次研修命令は、昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日まで)、本件各研修命令発令当時関根良平が教育長の地位にあつたこと、右研修期間中、原告が須賀中の教頭に補職されたままであつたこと、原告がいずれの研修命令についても、地方公務員法四九条一項に基づき処分事由説明書の交付請求を行うとともに、第二次ないし第三次各研修命令について、同法四九条の二第一項に基づき埼玉県人事委員会に審査請求をしたところ、第二次研修命令については、昭和五七年一月三〇日付裁決書をもつて、不服申立期間の徒過を理由に、第三次研修命令については、同年六月二四日付裁決書をもつて任命権者の処分行為でないが故に不服申立の対象にならないことを理由に、それぞれ却下されたこと、第一次研修命令の命令書には、研修内容として「教育公務員(特に教頭として)の職務と責任遂行のための研究と修養」と記載されていたこと、第二次及び第三次各研修命令が通算二年に渡つて続けられたものであることは、当事者間に争いがない。

二本件各研修命令の違法性について

1 被告は、本件各研修命令は、地教行法四三条一項、二項及び四五条一項の規定に基づくものであり、同規定は、その内容について何等の制限も加えておらず、本件のような長期研修命令の根拠となり得る旨主張する。

しかし、教員たる原告の任命権者は、県教委であるから、町教委の、またはその事務を委託されている教育長の発令する研修命令は、県教委の任命権と牴触することはできず、この点において研修命令は制約を受けるものと解される。そして、前記事実によれば、本件各研修命令は、いずれも長期に渡る研修命令ということができ、このような長期の研修命令が実質上須賀中教頭の地位職務と牴触するものであることは、後記2に述べる被告の主張からも明らかというべきところであるということができ、勤務場所の変更及び勤務内容を変更するものであるから、転任処分同様任命権者たる県教委でなければなしえないものというべきである。

したがつて、町教委の教育長は権限なく本件各研修命令を発したことになり、本件各研修命令は、この点においてすでに違法である。

2  なお、被告は、研修が長期に渡る場合には、研修者の職を補充するため、他の教職員を任命することになるので、市町村教育委員会は、任命権者たる県教委と研修命令を発することについて、協議することになつており、本件各研修命令についても、町教委から県教委に対し協議を申請し、県教委は、これに対し同意している旨主張しているが、県教委が法規上の根拠なしにその同意により町教委に対して任命権に等しい権限を与え得ると解することはできないから、右同意の有無につき検討するまでもなく、右主張は理由がない。

3  また、被告は、国家賠償法一条の違法があるというためには、当該公務員の行為により地方公共団体などに損害賠償を負わせるだけの実質的相当な理由がなければならないものであるところ、教育長が本件各研修命令を発した理由の大部分は原告が教頭としての職務を果たさない等原告側にあり、町教委は、県教委の助言と指導を受け、命令を発したもので右の意味の違法はない旨主張する。

しかし、行政処分上の極めて軽微な形式的違法事由が直ちに国家賠償法上の違法となるかは別として、本件各研修命令には、形式的には処分権限の欠缺という重大な違法事由があるうえ、実質的にも後記のとおりこれによつて原告の教員としての教育に従事する権利を違法に奪うものであるから、かかる違法事由は国家賠償法の違法事由となり得ると解すべきである。

三〈証拠〉によれば、教育長は、自己が本件各研修命令を発する権限を有するか否かについて知らず、原告の処遇について県教委に諮つたところ、県教委は文部省に市町村教育委員会が服務監督権により研修命令を発することができるかを確認した上、本件各研修命令を発令するように指示し、教育長は発令する権限があるか否かについて考慮しようともせず、県教委にいわれるままに本件各研修命令を発したものと認められる。

この事実によれば、教育長は、第二次及び第三次研修命令を県教委の助言と指導を受けて発したものであるが、仮にそうであつたとしても、発令者として自己の責任で権限の有無を考慮すべきであつたといえるから、過失により、原告に対し、第二次及び第三次研修命令を発したものということができる。

被告は、公務員たる教育長の任命権者である町教委の設置者であるから、国家賠償法一条一項により、後記損害を賠償する責任がある。

四損害について

原告は、第二次及び第三次研修命令により被つた損害として、原告の人格、信用及び名誉の各失墜を主張し、被告は、本件各研修命令発令の経緯に鑑みれば、右は、第二次及び第三次研修命令によつて失墜したのではない旨主張するので、原告が被つた損害を考えるにあたり、本件各研修命令が発令された経緯を検討する。

1  前記当事者に争いのない事実、〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができ、〈証拠判断略〉、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  原告は、教頭になる前から、生徒の保護者からの特別の謝礼金、納入業者からのリベート等を受け取らず、潔癖であり、幸手中学校在勤時には、教務主任として誠実で、礼儀正しく、義理人情に厚い人物と評されていた。

(二)  原告は、教頭となつて初めて百間中に赴任したが、同校の生徒の学力水準は低く、生徒の非行(飲酒、喫煙、窃盗等)が多く、職員会議も荒れていると感じられ、同校の改革のために自己が選ばれて赴任したものと考えたことから、自己が最善と信ずる方針及び方法(管理職にある者の姿勢を厳しくする。公金の濫用、業者との癒着廃止のため、予算に関する権限を校長一人のものとせず、原告の指導の下、各教諭に分担させる。勤務態度の厳正を求め、出張(多くは研修)を精選し、その報告を求める。校長をはじめとして教職員は遅刻及び早退をしない。原告自ら授業を週一五、一六時間受持つ。)により、自ら行動し、同校校長遠藤健太郎(以下「遠藤」という。)、教諭及び生徒に指導及び助言をし、その効果は、百間中の生徒の学力向上という形で現われた。しかし、原告が本来教育現場の最高責任者たる校長の意見を尊重せず行動したことにより、遠藤は、原告のことを校長の言う事を聞かない、法律で教師を弾圧する者である旨同校の外部の人間に話すようになつた。

(三)  原告は、昭和五〇年三月三日、自己の方法により、百間中をより改革していくためには、上級の機関から校長を注意して貰いたいと考え、自己の方針や校長の勤務態度及び校長の言動が百間中の改革を妨げている旨等を記した上申書を教育長及び県教委事務局の出先機関たる埼葛教育事務所長宛提出した。一方、町教委は、同事務所長に対し原告を転任させて欲しい旨要請し、右事務所長は原告に対し「喧嘩両成敗」と言つて、転任を内示した。原告は、これは喧嘩ではない旨反論し、同事務所長は転任の件を撤回したが、このころから教育長たる関根は原告を無視するようになり、原告と教育長とは断絶状態となつた。原告は町教委から無視されたのでは意味がなく、また、授業を自習とするわけにはいかないとして、同年七月から、宮代町の教頭会議に出席しなくなつた。

(四)  石島は、昭和五三年四月一日、百間中に校長として赴任し、この頃、同校の学校生活は非常に落ち着いた状態であつて、原告は、家庭訪問の重要性を強調する等して、誠実にその職務を行つていた。

しかし、原告は、百間中の改革をそれまでと同様に行おうとし、生徒を指導できるのは原告だけという態度をとつており、一方、石島は、原告は町教委とのパイプ役を果たさず、対外的な公文書を作成しない点で教頭として不十分であると判断した。原告は、石島が、同年五月三〇日の遠足後、旅行業者からお茶代を貰つて開催された慰労会に出席した事を非難し、石島は百間中に赴任して二、三か月後教育長に、原告のような教頭がいては務まらないから辞めたいと窮状を訴えた。

(五)  教頭会会長は、同年七月頃から教頭会に原告を出席させるため、教頭会の招集文書をその名だけでなく、教育長の名を連ねて、または、教育長の名で発した。

教育長は、昭和五四年一月四日ころ、原告と石島を町教委に出頭させ、原告に対し、教頭会に出席し、文書整理をするよう、予算については校長と相談するように指導し、同年二月二二日、原告に対し、同日の教頭会への出席がなかつたことについて、文書で注意を与えた。

原告は、同年三月二七日、教育長及び石島を名誉毀損を理由として浦和地方検察庁に告訴した。

(六)  町教委は、埼葛教育事務所に原告の転出願をだし、原告と校長がうまくいかず、授業にも支障を来たしている旨報告し(授業支障の事実は証明がない。)、同事務所は転出先を検討したが、受入先がなかつたため、原告を転出させることは出来ず、原告を同町内にある須賀中に転補する方法を採るよう指示し、原告は、同年四月、同校に補職されたが、教育長らから「原告は職務を執行しない、校長の言う事を聞かない、喧嘩ばかりしている。PTAからも排斥されている、職員からも嫌われている」といわれて人格が傷つけられたと受けとめ、百間中で成果を挙げて傷ついた人格を修復しなければ、他校へは行けないし、他校に行つても喜んでもらえないと考え、この転補について、不利益処分審査を請求した。

(七)  当時の須賀中の校長であつた大島は、原告の転補について教育長から事前に打診を受けず、原告の受け入れを押し付けられた感をもち、百間中の前校長からは原告が同校長に対し出入りの業者からリベートを貰らわないよう言つていたことを、石島からは原告の百間中での言動について教頭が浮き上がり、校長が校長としての職務を行うことが出来ない旨を聞いており、原告の校務分掌を学校要覧編集、会議資料作成、学校園(具体的には花壇)のみとし(実際に原告が担当したのは花壇の手入れ程度)、新年度当初から、それまで同校の教頭が分掌していた校務を教諭たる新井康夫に担当させるなど、校長を補佐する役目を右新井らに担当させ、前任教頭が担当していた教育予算についての校務を校長自ら行うこととした。原告は運動会、校内マラソン等の学校行事における役割分担からも外され、週に一二時間社会科の授業を担当し、生徒を指導する職務のみ担当するに至つた。

原告も、それまで須賀中では教頭が担当していた資金前渡担当者、PTA幹事を自らの考え方から担当せず、また、職員会議にあまり出席せず、出席しても発言せず(但し、原告が発言しても他の教員は取り合わなかつた。)、同年五月初め頃までは職員室にいたが、その後は、職員室では仕事が出来ないとして、視聴覚教室、技術科準備室、理科準備室にいた。原告は、教頭会に出席せず、教育長は原告に対し、同年五月一六日に、同年四月二七日と同年五月四日の教頭会に原告が出席しなかつたことについて、文書で注意した。

埼葛教育事務所長は、昭和五四年九月頃、原告を同事務所に呼んだが、原告が出頭せず、そこで、同事務所長が町教委に出向き、原告を町教委に呼んだが、原告が再び出頭しなかつたので、同事務所長と教育長は須賀中に出向いて、所長から原告に対し教頭会に出席し、校長に協力し、教育長の言う事を聞くよう注意した。

原告は、同月一三日、石島の配置転換を要求し、埼県県人事委員会は、同月二五日原告の要求を却下した。

同校PTA会長の谷沢良明は原告が教頭では学校内がバラバラで子供達がかわいそうだとして、原告の排斥署名運動を行い、同年一〇月五日と同年一二月一日にはサンケイ新聞に原告が教頭としての職務を行わず、PTAから排斥署名運動を展開されている旨の記事が掲載された。

(八)  教育長は、宮代町長、同助役と共に県教委に対し、原告と大島の人間関係がうまくいかず、学校運営上支障をきたすという理由で原告の宮代町外への転出を働きかけ、埼葛教育事務所は、原告の転出を図つたが、受入先がなく、原告を懲戒免職にすることもできず、教育長に助言して、長期研修命令の方法をとらせた。教育長は第一次研修命令を発したが、研修命令の期間が終了しても原告を宮代町において勤務させる意思はなかつた。

(九)  原告は、教育長等の右行為により、自己の人格が傷つけられたと考え、自己の正当性が公に認められなければ教育現場に復帰することができないと考えるようになつた。

原告には、第一次研修命令の終了前に県教委から草加市内の中学校に転任する話が持ち掛けられたが、原告が草加市教育委員会の教育長に自己の立場、すなわち係争中の身であることを説明したため、転任できなくなつてしまい、教育長、宮代町の中学生の一部保護者は、埼葛教育事務所、県教委事務局義務教育課に対し、原告を宮代町へ帰さないで欲しい旨以前より強く陳情し、第二次研修命令が発令された。

第一次研修命令の期間、原告は、教育公務員(特に教頭として)の職務と責任遂行のための研究と修養という研修内容、学校内規の調査研究という研修課題を与えられ(与えた側は名目的なものと考えていた。)、百間中で起きた校内暴力事件について相談に応じるなどしたが、第二次研修命令及び第三次研修命令には研修課題が与えられず、原告には為すべき仕事がなく、ただセンターへ通うのみとなつた。

第二次研修命令が終わる頃は、更に陳情が激しく、町長、助役らも県教委事務局義務教育課に陳情し、県教委は第三次研修命令発令もやむを得ないと考えた。

教育長としては、原告に宮代町で勤務させないことのみを念頭においていたから、原告が転任しない以上、研修命令を第二次、第三次と発し続けることに躊躇しなかつた。

(一〇)  原告は、本件各研修命令を違法な命令と考え、センターの指導に従うということは、町教委の意向を認めることになるとして、これを受けようとせず、自主的に何らかの研修を行うこともしなかつた。また、センターの職員は原告の研修について、センターの側で指導するのではなく、原告が自主的に研修する場所がセンターであるにすぎないと捉え、原告から指導等を求められたならばそれに応えるというだけの接し方をした。

2 以上の事実によれば、第一次研修命令が発せられた当時、原告は、実質的には須賀中の教員として通常分掌すべき校務を分掌せず、教頭としての職務(校長を助け、校務を整理する)も行つていなかつたが(行いえず、かつ、自らも行わなかつたものである。)、生徒に対し、授業を行い指導をするという職務は行つていたから第一次研修命令期間が満了すれば再び教育現場に復帰し教育をつかさどり得た筈のところ、原告は第二、第三次研修命令により、その機会を奪われたのであるから教育をつかさどることができなくなつたという損害を被つたものということができ、右は五〇万円をもつて慰謝されるのが相当である。

3  原告は、他にも損害がある旨主張するが、前記認定のとおり教頭としての職務の遂行の機会、校長資格の取得の機会の実質的喪失、名誉の失墜等は、これがかりにあつたとしても第二次及び第三次研修命令自体によつてもたらされたものとは思われないし、また、名誉及び人格のほかに信用というと、経済的な信用をさすものと考えられるが、第二次及び第三次研修命令によつて原告の経済的信用が失墜したと認めるに足る証拠はない。

以上のとおり、本訴請求は、金五〇万円の支払を求める限度で、理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言は相当でないから、その申立を却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高山 晨 裁判官松井賢徳 裁判官原 道子)

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